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「ふん。何でもありやせんよ。大方、腹でも痛かつたんだらう」
彼は眩しさうに眼をしかめた。それから、酔つて居なくても同じやうにふらりとした足つきで河の方へつゞく露地の間へ入らうとした。そのとき、何を思つたか足をとめて、路上に突立つたまゝ上手の方を眺めた。
「かういふ玩具おもちやのやうなものを出して、年甲斐もないことでした」
ふと気づくと、玄関に人が立つていた、半シャツの男だ。瞬間、又来たな、と思つた。
その時、千光寺の住職がひよろ長い姿を現はした。彼はたつた今さつき剃そつたばかりのやうな青いつるつるな頭をしていた。今夜の主役だといふ意識がさうさせたのだらう、もつともらしい儀式ぶつた表情のまゝ、彼は集つた人達には目もくれずにまつすぐに仏壇の前に進んだ。だが、そのひきしめたつもりの口もとにはあの真白い偉大な反そつ歯ぱがのぞいていた。
「わたしはね、こいつは割れさうだなと思つたもんでね」と、笏で自分のはいている木沓を指して、
練吉は小面倒なことが大嫌ひだつた。それに、正雄の父親として世話を見てやるなどは不似合だと自分でも思つていた。が、そんな風に彼自らだらしないと自認していたにもかゝはらず、練吉にはやはり良家の子弟らしい身だしなみのよさと一種の潔癖さが現れていた。そして、この点にかけては、彼も茂子に対する正文夫婦の見方に同意していた。
正文はもう練吉に大した望みはつないでいなかつた。ただ一人前の医者にさへなつてくれたらそれでいゝと思つているらしかつた。それでも、目にあまるので何かと云ふと廃嫡といふ言葉を口にするのだつたが、効き目はなかつたやうである。そして、あんなに厳格だつた正文がこんなに度重る息子の不始末に、一々尻ぬぐひをしてやるのもふしぎであつた。
徳次がまだ若僧で父親の手伝ひをしていた時分には、帰るとすぐ夜通し積荷をして、明け方又下る、といふことも珍しくはなかつたが、今では荷出が一週間に一度あるかないかである。だから、三四軒あつた同業もすつかり足を洗つて、徳次が一人のこつているわけだが、彼は目先の利く他の連中のやうに先の心配なんかはちつともしなかつた。荷がない時には筏師になつた。流木を筏に組んで下るあれである。それもない時には河漁をやつた。
「それあ、あつさりしていゝですな。こつちでは山車が生憎あいにくこはれて、満足なのは一つしかないんでね。あんまり淋しいからと云ふんで、こんな思ひつきをやらかしたらしいですがね」
「や、ありがたう」
「さうですつてね」